1968年12月、岩手県盛岡市内にハンバーガーと
サラダの店「べる」は誕生しました。
店主は、わずか25歳の庄司昭夫(創業者)。
13坪のこぢんまりとしたお店には
「小さな店であることを恥じることはないよ
あなたの店に人の心の美しさを一杯に満たそうよ」
という詩が掲げられていました。
店の内装や看板はすべて手作り。
女性にも気軽に来てもらえるようにと、色には黒や紫は一切使わずソフトな感じを出すために角張ったものは排除するなど細やかな配慮を凝らしました。
時代の風がハンバーガーに味方してくれたのか
「べる」は女性や若者の間で評判となり、着実にファンを獲得していきました。
無我夢中でやっていく中、アメリカのマクドナルドが日本に進出する噂を耳にしました。
マクドナルドとはどんな店なのか、ハワイの店舗を訪れてみるとそこでは機械化された厨房で、大量のハンバーガーが焼き上げられていました。
一つ一つ手作りしていた庄司の店とは雲泥の差でした...。
「同じ事をやっていてはダメだ」と感じた庄司はハンバーグをパンではなく、ご飯と合わせるハンバーグランチへ転換。これが、びっくりドンキーのディッシュメニューの原型となりました。その後、数々の試みを繰り返しチェーン展開を推し進めていく中、1981年 ハンバーグ限定レストラン「びっくりドンキー」が誕生しました。
ロバは決して「かっこいい」とか「スマート」なんて言えないけど「のろまでもいい、どんな時でも一生懸命に頑張り、お客様をドキドキワクワクさせたい」そんな想いが込められ、「びっくりドンキー」と名付けられたのでした。